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心の流れ

頭に浮かんだいろんなこと

生きていくための糧

対話

長女の私は、母親の愚痴聞き役だった。
父親への不満、舅・姑への悪口、近所の人への批判。腹黒い感情の全てを幼い私が受け止めなければならなかった。

「お母さん、あのね・・・」そういって話を聞いてもらった試しがない。
返事は「お母さんは大変なんだよ」だった。
母親を気の毒に思った私は、彼女の望む理想像を目指し、息苦しい子供時代を過ごした。

母親に甘えられない、聞いてもらえない寂しさ。それどころか、子供の私が母親の母親(祖母)として、母親に接してやらなければならない辛さ。
自分でいうのもなんだが、本当にかわいそうな子供だったと思う。

強さを求められる一方、守ってくれる存在のいない毎日の中で、嫌なことに出会うと、私は生きているのがイヤになり、自殺を企んだ。
私は誰かに守られる人生を求めてはいけないんだ。そう覚悟しない限り、今日一日を生きて行くのですら難しかった。

でも、ブログを通して、人の優しさに触れることが出来た。
いつだったか、死に追い込まれそうなとき、みずたまさんという方がとても優しい言葉をかけてくれた。
ご自分も大変な思いをされているのに、こんな私を励ましてくれた。

そして今、毎回★を押してくれるにごりゆさん。
命令口調の偉そうな文を書く私にそっと手を添えるように、読んだよの証を残してくれる。

ACの相談を寄せてくれた方々。
専門家でもなく、的外れなことを言ってしまう私に、一生懸命SOSを出してくれた。

58名の読者の皆さん。
へたくそで、小難しいことばかり言っているこの文を読もうとしてくれるなんて、有り難い存在だ。

確かに私は親に恵まれなかった。
親から温かい言葉を掛けられなかった。
けれど、こうやって小さな優しさをいただいて、今日を生きてる。
これから先、どんな辛いことがあるかわからないけど、いただいた優しさを糧に、なんとか生き抜けたらと思う。

心をかけてくださった皆様、本当にありがとう。

こんなものを作ってみました

ペット

我が家で飼っている犬も、もうすぐ10才。
おじいちゃん犬です。

ぼーっとしていると、ついつい2回ご飯をあげてしまったり、うんぴぃをしていないのに散歩を切り上げてしまったり・・・。
ということがあるので、体調管理票を作りました。
必ず通る壁に貼っています。
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この票のいいところは
①わざわざ前のデータを消さなくていい。駒(磁石)数が少ないので、必然的に2日前に使った駒を動かすことになる。
②作成費用が安い。マスキングテープ2種類、マグネット6個、印刷出来るシール1枚、マグネットが付く板、押しピン。
③まじめにうんこの絵に取り組める。意外と楽しい。黄金比で出来ています。

今回マグネットが付く板として、壁紙を探していたときサンプルでいただいたマグネットもつく壁紙(リリカラ)を使いました。
ホワイトボードという案は、ボードの価格が高すぎて手が出ませんでした。
こっちの方が、デザインできるという点でも自由度高いですし。
かねがね満足です。

めちゃくちゃマスキングテープの貼り方を間違えたので、作成に3時間要しました。
それを知ってか、知らずか、犬当本人は、お寝んねさんです(笑)。
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受身な彼氏・夫への処方せん

恋愛

私も散々嘆いている相手が受身な人柄の場合、どうすればいいか問題。
この15年ほど、思いつく限りのことをした。
劇的変化はまだなく、道半ばである。

昨日読んだビジネス本に、実はけっこうヒントになるんじゃないか?ということが書いてあったので、同じ悩みを持つ方の参考になれば、と思い紹介する。
組織も人も変わることができる! なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学


組織の中の本、会社の上司と部下の関係を述べているのかと思いきや、それだけではない。
発達心理学の一分野である成人発達理論をベースに語っているのであるから、全ての成人に当てはまるお話なのだ。

ざっくりと説明すると

"人は固有のレンズを持って世界を見ている。
人によってかけているレンズが違うので、世界の見え方が違う。
高性能なレンズを持っている人は、解像度が高いので、他の人が見えない物事の細部が見える。
広角レンズを持っている人は、物事を俯瞰的に眺めることができる。
レンズの質的な差異を、発達理論では「意識段階」という。

意識段階は成人後4段階に分かれる。
自分よりも上の意識段階を理解することが出来ない。
あたかも下の階に住んでいる人が上の階からの景色を眺めることが出来ないかのように。

では、4段階の意識段階とはどのようなものだろうか?をみていこう。

  • 最初の段階・・・利己的段階(自分中心の世界観を持っており、自分の関心ごとや欲求を満たすことに焦点を当てている。自分のために他者を道具のようにみなす)
  • 次の段階・・・他者依存段階(組織や社会の決まり事を従順に守る。自分の意見を言わない)
  • その次の段階・・・自己主導型段階(自分なりの価値体系や意思決定基準を持ち、自律的に行動できる。過去の成功体験に縛られがち。批判的な意見を受け取れない)
  • 最終段階・・・自己変容段階(自分と他者をよく理解するために、自分の価値体系や認識の枠組みの限界を頻繁に露わにしようとする。変化をいとわず、それゆえ楽ではない)"

[以上、KOMA簡約]

受身な人とは最初から2番目の他者依存段階に居る。
分かりきったことや、言われたことだけしか、できない。
そんな段階の人へのてこ入れ方法として、本文では、”彼は自分の意見を全く持っていないということではなく、自分自身の中に芽生えつつある自分独自の考え方や思いなどにまだ気づいていない”ことから、”自分の考えを言語化するような習慣づけを強化するのがいい”と示唆している。

言語化するためには、自分自身の内なる声を発見することが必要だ。
内なる声は対話を通じてやるのもいいが、私のお勧めは、赤羽雄二氏が提唱する
「ゼロ秒思考」
を使うやり方だ。
めちゃくちゃ簡単に言うと、A4の紙を用意して、一番上にタイトル、そしてタイトルに下線を引き、その右に日付を書く。
タイトルの下に「-」を書いて、タイトルに関して思い浮かぶことを1分で書き綴る。
こんな風に。
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紙とペンがあれば、誰でもいつでも行えるという気軽さがいい。
特に人に見られるのが苦手!という人にピッタリだ。

一朝一夕に出来るようになるとはいわないが、これをやることで、相当頭の中が整理できる。
もしかしたら、悩んでいる貴方もこれに取り組んでみると救いになるかも知れない。
是非、様々な技術を開発した人からの恩恵を受けて、受身な世界からの脱出を図ってみて欲しい。

楽器を習うのは、なんのため?

アダルトチルドレン

小さい頃、バイオリン・ピアノといった習い事の経験者はかなりいるのではないだろうか?
おそらくその大半が、小学校卒業までに嫌気が差し、練習を投げ出し、大人になった今では楽器と無縁の生活を送っていることだろう。

幼少の、まだ身体が上手く使えていない頃から始まる楽器操作。
当然何度も間違える。
それを見ている親から、こんな言葉を浴びせられた記憶は?

「なんでいつもここで間違えるの?」
「ちゃんと練習してないから、出来ないのよ」
「せっかく高いお金を出して買ったんだから、上手になってよね」
「こんなんじゃ、恥ずかしくて発表会を見に行けない」

罵倒、否定、恩着せ、脅し。
まるで子供が憎くて憎くて仕方が無いかのような、言葉のオンパレード。
親はきっと、ヘタな音楽を聞くのに、耐えきれないのだろう。

未熟な子供に何かを習得させる、ということは、その未熟さを包み込み、一緒に克服することを覚悟することでもある。
そこ、分かってない親が多い。

子供を責めるのは、演奏は子供の領分で親に出来ることはナシと決め込んでいるからだと思う。
人間、手の届かないところは、言葉でなんとか収めるしかないと思っている節がある。

しかし、だ。
手の届かないところという考えは正しいのか?
楽器を弾く子供の横に立って、一緒に間違えないようにする工夫を考えてやることは出来ないのか?
テンポを遅くしてやってみる、などの助言はできないか?
工夫次第でいくらでも、子供の手助けが出来る。

なのに、助けない、寄り添わない。全部子供のせいにする。
自分のせいにされた子供は、追い詰められ、奴隷のような気持ちで楽器に向き合う。
そんな状態長くは続かない。ちょっとしたことがきっかけであっさり辞めてしまうだろう。

楽器を習うのは、若ければ若いほどいいという。
そこは否定しない。
ただ、若干2~3才の子が、楽器を上手に演奏すると期待するのは、高望みだ。
間違ってもいいから、お母さんやお父さんと一緒に苦手を克服する大切さを経験し、言葉以外で感情を表出する手段としての演奏を手に入れることができれば、それで十分。
しばらくやって、才能のある子は、自らもっとやりたいというだろうし、そうでもない子は、別のことがしたいといいだすから。

世界に向けて好奇心の塊のような時期に、規制や縛りの中でビクビクしながら間違えずに演奏するのは、実にもったいない。いろんなものを吸収する大事な時期は、楽しい思い出でいっぱいにしてやって欲しい。
その思い出が自己肯定感を高め、未来の困難に立ち向かう強い自己を作る元になるから。

美人とブスの待遇の違いから、よりよい社会を考察する

対話

昨晩、ホンマでっかTVという番組を見ていました。
ゲストは土屋太鳳さん。売れっ子女優さんです。

司会の明石家さんまさんは、彼女が美人であること、お気に入りの娘であることから、ずいぶんと持ち上げていました。
やっぱり美人は、何をやっても、いい風に捉えられるんですね。

別に美人の待遇が良かろうと、それはどうでもいいんです。
けれど、その待遇がもたらす自己イメージが問題。

美人は周りから大切にされるから、自分に肯定的なイメージを抱きやすい。
にこっと笑っただけで、相手からとてもよいリアクションが得られる。

でも反対にブスは・・・。
何か言えば、「黙っておけ、ブス」。
笑うと、「お前の笑顔は気持ち悪い」。
こんなことを言われて傷つかない人がいましょうか?
確実に自分の存在に否定的なイメージを抱いてしまいます。

飲み会や集まりで、男性社員は美人の周りに集まり、ブスもしくは地味な女性はぽつんと残され、話しかけられることもない。
このいたたまれなさ、透明人間な感じ。想像出来ますか?
たった一つ挙げたこの経験だけでも、ブス・地味子は、自分に対するイメージを悪化させます。

この自己イメージの良し悪しは、パフォーマンス(成果)に差を生みます。
”私はみんなに応援されているから、大丈夫よね”、と思うのと
”私はみんなから否定されているから、絶対上手くいかない”と思うのでは、
同じ能力があった場合でも、歴然と差がでる。
自分が抱くイメージは、底力にもなれば、足かせにもなるのです。

つまり美人に生まれれば、自己イメージが良くなり、いいパフォーマンスができて経済的にも恵まれる。人生という歯車が上手く回りやすい素養を備えていると言えるのです。(だからといって美人が全員幸せとは限りません)
だったら、ブスに生まれた人は美人とのハンディキャップ分、自己イメージを上げる訓練を受けるよう教育してやれよ!と思うのです。

現在踏襲されているハンディキャップ解消法は、勉強を頑張って社会的に成功すること。
しかし、社会的に成功すると、こんどは男性が引いていくという現象にあいます。
そうこうする内に年を重ね、男性に好かれなかった自分という悪い自己イメージにまた舞い戻るのです。
勉強は一時的なしのぎになっても、生涯にわたって自分を支えてくれる最強ツールにはならない。

容姿がダメなら学力、というのは、えらく凝り固まった価値観ではないでしょうか?
柔軟なモノの考え方、そしてなにより心の支えとなる愛される体験の積み重ねこそが、凝り固まった考えに対抗し、自分らしく生きる方法です。

愛される体験とは何か?それを多くの人が勘違いしています。
褒めること、「親が良い・教師が良い」と思うところを言葉に出すこと、と思っている人が大勢です。
でもやっとここ最近、褒めることの弊害、評価することの害悪が議論され始めました。

誰の自己イメージを上げるのでしょう?
親ですか?教師ですか?
違います、子供です。

子供が自慢に思っていること、苦労してやり遂げたことを認める。そして悔しい、悲しいと思っていることを受け止める。
子供の主体性を奪わないこと、守ること。これが何よりの自己イメージ回復法です。
この具体的なやり方について、我々は議論と推考を重ねる岐路に立たされているのではないかと、個人的には思います。

それは、本質ではない

仕事

見当違いの悩み

相手から誘われない
婚活で成果が出ない
事業の売上げが上がらない

こういう悩みにずっと振り回されている人、自分も含め周りに居ませんか?

相手から誘われないのは、自分に魅力がない せいだ
婚活で成果がかがらないのは、出会いの数が少ない からだ
事業の売上げが上がらないのは、競合他社がいい製品を出している ためだ

そうやって、本質と全然違うところで、悩むだけ悩んで解決に至ってない。
悩む時間がもったいないです。

一つ一つの問題を紐解く

相手から誘われない理由

自分の行動を振り返ってみて下さい。
寂しいとか、独りぽっちだと思われるのがイヤだという雑念を取り去った先、つまり純粋に会いたい!と思う人はどんな人でしょう?

会うと楽しい人です。

楽しいという感情は、好奇心がかき立てられる、や、歓迎されている、や、心が軽くなる、といった気持ちの変化。
会うだけで、自分の中の何かが、良い方向に変化する。それを楽しいと感じているのです。
つまりは、変化させられるだけの力を持つ人だけが、相手を引きつけることができる。

翻って、自分は相手にどんな影響を与えていますか?
良い方向の変化、・・・与えていますか?

婚活で成果が出ない理由

婚活の本当の目的を見つめて下さい。
未婚だと体裁が悪いとか、人にうらやまれる相手に恵まれたいとかいう雑念を取り去った先、純粋にどんな相手と結婚したいですか?

きっとほとんどの人は、一緒にいて幸せを感じられる相手を挙げるでしょう。

幸せとは、自分が自分としてしっかり居られること。
自分の足元がおぼつかないとき支えてくれ、自分もまた相手の支えとなれる存在で有り続けられること、それが幸せ。
一人ではひ弱い存在だからこそ、力を合わせて生きて行く。力を合わせることができれば、もう既に結婚に踏み出したも同然。

では、自分は誰かを支え、支えられていますか?
身近な家族、友人、偶然で会った人、習慣的に会う人。
そういう人との、力の重ね合わせ・・・出来ていますか?

事業の売上げが上がらない理由

事業の目的な何ですか?利益を得たいとか、「社長」という地位が欲しいといったエゴを捨て去った後、純粋になぜ事業をやろうと思うのでしょう?

それは事業をやる意義があるからです。

誰かの、何かに役に立つ。
ネジ1本だって、なくちゃ組み上がらない。必要な人に必要な物を届ける、それが事業。

では、今の事業で誰に何を届けているか、把握していますか?

出来事が上手くいかない共通点

相手から誘われないのは、貴方が相手に良い変化を与えていないから
婚活で成果がでないのは、身近な人と力を重ね合わせていないから
事業の売上げが上がらないのは、誰に何を届けているか意識していないから

3つ挙げた事項の共通点は、全て相手という「人」が絡むこと。
そして3つともに上手くいくために必要なのは、相手という「人」がいい状態になること。

いい状態にもっていくことができれば、自然と悩みは消えます。

人がいい状態になるために、貴方が出来ること

褒めることは、ある意味誰でも出来ます。目に付いたことにいい評価を下していればいいのですから。
「あらっ、その髪飾りかわいいね」
「ダイエットして、きれいになったね」
「○○大学に入学するなんて、すごいじゃな~い」
この言葉のくだらなさに、どれほどの人が気づいているでしょうか?
話し手は、安直に頭に浮かんだ言葉を口に出しているだけ。

相手が本当にいい状態になってもらいたいと願うなら、そんな安直な言葉ではなく、その人が頑張った点や込めた思いに言及するもの。
そういうのは、表立ってないから、発掘するのが難しい。
でも、発掘の努力を怠ってはなりません。
努力を怠らないことこそが、相手に対する敬意です。

本質を悩むとは?

敬意
と一言いっても、その正体は知れないし、実現方法も不明です。
端的に言えば、とっても難しい行為。
その難しさに向かっていく、真摯に向き合っていく、ということが結局本質を突き止めることになります。

相手のことをテキトーに考え、自分の論理を振りかざして、相手のことを考えている風味に取り繕っていると、即座に見抜かれます。
相手のために出来ることを考えるのは、骨が折れるし、頭も使う。でも辞めない、諦めない。
その粘り強さが、いつのまにか本質を引き寄せているのです。
自分の頑張りは、どこかで誰かが見ていて、その頑張りに信頼を寄せてくれたり、いい話を持ってきてくれたりします。
「人」絡みのお悩みは、まさにこんな風に解決します。

ですから、悩むなら、「相手に敬意を払えているか?」「相手をもてなせているか?」と考えるのがいい。
誰かのせい、社会のせいにするよりか、ずっと建設的です。

ウザい感情にどう対処するか?

対話

ウザい、別の言い方をすれば煩わしいという感情。
以前に比べると、感じる頻度が増えた気がする。
あまり抱きたくないけど、そこそこの頻度で出てくるウザいという感情。
それについて、ちょっくら考えてみたい。

ウザいと思う感じは、耳の側を蚊がブーンと飛ぶのに似ている。
→払いのけたい、あっちへ行けと思う。
→邪魔されたくない、放っておいてくれとも思う。

では一体何を払いのけたいのか、あっちへ行けと思うのか。
見えない、実態のない、それでいてしっかりと存在感のあるもの・・・。
そう、先入観や思い込み。

ウザいことを言ってくる相手は、こうじゃなきゃね!という絶対的価値観を盾に、切り込んでくる。
・友達のいない人間は、性格に欠陥がある
・30才を超えておつきあいの経験が無い人は、なにかしらの問題を抱えている
・十分な給与や資産がないと、人は不幸になる。
などなど。

しかし、人によって一人が気楽で好き、お金に縛られず経験を増やす方が豊か!という価値観の人もいるのだから、絶対的価値観はちっとも絶対じゃない。
絶対的価値観と矛盾した歴史や事実を突きつけると、「例外よ」という。
例外であろうが無かろうが、実際にあるものはある。事実に失礼だ。

どんな人間でも、自分は価値ある存在と信じたいし、扱われたい。
ドラえもんの道具か何かが、一生涯「あなたは価値ある存在」とプラカードを掲げて周りをひれ伏せさせてくれるならまだしも、人生は上がり調子もあれば下がり調子もあって、自分には価値がないとふさぎ込んでしまう。
なのに、ウザい感情を抱かせる相手は、常時相手叩きをしてくる。
まるで、自分の気持ちのウサを晴らすかのように。

そんなもんに巻き込まれるなんて災難。
災難なんて、早くに抜け切ってしまいましょう。
ウザい質問をしてくる人がいたら、「さぁ?」としらを切ってその場を去る。
必要に絡んできたら、「拘る理由はなんですか?人付き合いには距離感が大事ですよ」と牽制する。

ウザい感情は我が身を老けさせ、疲労させる。
疫病神みたいな人間とは、さっさとおさらば。
動物は戦うよりも逃げることで身を守る。人間も同じ。先入観のある人間からは、とっとと逃げる。
これが一番体力を奪われない、正解。

あまりに分かりやすい不倫の誘い

恋愛

定期的に配送に来る配達員のお兄さんは、礼儀正しく優しい。
私が体調を崩して荷物の受け取りが出来なかったときは、次の週に「お身体大丈夫ですか?」と気遣ってくれる。

先週はたまたま家にお菓子が余っていたので、一つ差し上げた。
今日はお礼とともに美味しかったですとのコメントをいただいた。

さて、このお兄さん、先週去り際に「僕、元々○○(まぁまぁ近所)の担当で、こちらへ応援に来ていたのだけど、来週で応援が終わるんです」と言ってた。
そして本日。
「今度いつお目にかかれるか分かりませんが、今までありがとうございました」とな。

表面的には何の変哲も無いやりとりだが、実はこれ不倫のお誘いという解釈も出来る。

昼間、家に一人でいる主婦。
なかなか気遣ってくれたりやさしい言葉を掛けてくれる人がいない。
その隙を突くように、精一杯の気づかいの言葉をかけてくる男性。
それも今日が最後に会える日。行動を起こすラストチャンス。
”ボクに気があるなら、連絡先ちょうだいね”と言わんがばかりのシチュエーション。

分かりすぎるほどの状況に思わず苦笑い。

長く配達をお願いしていれば、担当者が切り替わるのは、当然こと。
「今度いつお目にかかれるか分かりませんが」なんて言わずに「次回は別の者が担当します。いままで御世話になりました」と言えばいい。
客にとっては、今来ている配達員がどーの、ではなくて、来週は来る人が変わるということの方が重要なのだから。

表沙汰になっていないだけで、こういう方法で不倫の裾野が広がっていくんだろうなぁ。
定期的に会うことを利用して心の隙を突き、会える機会の希少性をアピールして煽り、相手に誘わせる。
免疫のない主婦はイチコロなのかもと思う出来事でした。

繋がりというセーフティネットが働かない時代

心と体

俳優の高畑裕太容疑者が性的暴行で逮捕された。
彼曰く、性衝動が止められなかったと。
しかし、だ。自分の立場を考えれば、過ちがどれほど大きな損失を生むか、容易に想像できる。
今週末の24時間テレビのドラマに出演し、現在放送中のテレビドラマに出演し、映画に出演しているのだ。
それも母親は女優である。

これ以上無いほどの迷惑を掛けることが、性衝動に駆られた瞬間に頭をよぎらなかったのか。

時期同じくして、4人の子供を母親が殺し、中学受験をめぐり口論となった父親が我が子を殺害した。
これもまた、殺人という最も重い罪なのに、命を奪うということの大きさに考えが及ばなかったのだろうか。

昨今の犯罪は、この罪を犯したらどうなるのか?という想像に欠けた人々によるものが多いと感じる。
世界に自分しかいなくて、自分さえよければ、自分が耐えきれないから、とあっさり相手を傷つける道を選ぶ。
その結果として、自分に関わってきた多くの人を傷つけることになるというのに。

ご飯を食べたければコンビニがあり、実社会に友達がいなくてもゲームやネットがあり、学校に行かなくても学ぶ方法が発達した現代、人の世話になり、人に頼る機会がめっきり減った。
頼らなくていい、よく言えば独立した世界は、いとも簡単に人を犯罪の道へと誘い込むのだろうか?

どんなに文明が発達しても、人の繋がりを切ることはできない。
無人島で、完全にゼロから文明をつくり、生きていける人などいないのだから。
ネットがあれば・・・という人は、そのネットという概念から見つけ出さないといけないのだ。もちろんその技術に取り入れられている様々な数式や物理方式も自らが見つけ出さなければならない。そんなことたった一人で出来るはずない。

生かされているという概念にあまりに欠ける。
自分がいる、ということは、相手もいる、ということ。
自分が便利と感じるということは、便利な道具を作ってくれる人がいたということ。
単独では存在できない、対になる相手が常にいる。
おごった考えで、まるで自分が神になったかのように、自分だけの物差しで世界を判断していいはずがない。

でも実際にこのようなことが起きているのだから、我々は自分以外の他者という存在に対して、今までとは違う哲学的倫理観を形作らなければいけない時期なのだ。
残念だが、学校で「人を傷つけてはいけません。自分も傷つけられたくないでしょ?」と教えただけでは通じない社会になってきたようだ。

手術不可能なほど深刻な状態の方へ

医学

これから何度かに分けて
脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線

で学んだことを、述べていく。
著者はコロンビア大学精神分析研究センターおよびトロント大学精神医学部の所属する精神科医、ノーマン・ドイジ氏。

第一回は、切除手術を薦められるほどの重傷を負った患者、例えば糖尿病腫瘍、交通事故による重傷者、ペルペス感染症帯状疱疹、やけど、乾癬、湿疹をターゲットにした治療法について、記述する。

治療方法は、ズバリ「光」を用いる。
光の中でも、波長と強度を担保できる低強度レーザーを使う。
(Cf:高強度レーザーは医療現場で焼き切るときに使う)

人間の光受容体は、皮膚や目など表面にのみあるように思われているが、実際は身体の深部にも存在する。
患部に届いたレーザーは膠原組織に働きかけ、例えば壊疽を起こして黒ずんだ皮膚をピンク色の健康な状態に戻す。
これは傷ついた組織に血液を供給する能力が失われた状態で、レーザーを当てると、正常な血液循環が取り戻せたことを指す。

レーザーによる効果はこれに留まらない。
アキレス腱の断絶、変性骨関節炎も治すことができる。
よく耳にするのは、老化によって軟骨が減り、骨と骨がこすれ合うことでひどい炎症と激痛を起こした場合、鎮静剤を処方するといった対処である。
医学部では、軟骨が失われると交換が不可能なため、鎮静剤で炎症を抑えるのが王道であった。
しかし、薬による副作用があることから、万能な対処とは言えない。

その点、レーザーならば軟骨を再生できるので、抜本的対処になり、もちろん薬は不要だ。
若年性リウマチ、椎間板ヘルニア繊維筋痛症状、イボ、スポーツ膝・腰、肩の負傷、反復運度過多損傷にも効果があり、手術を回避出来る可能性がある。
外傷性脳損傷脳卒中抑うつにも効くという。

40年間の治療実績をもって、安全で、取り立てて副作用もないことが分かっている。

著書には様々な病気に対する治療効果が認められたとあるが、私は専門家ではないので、その理屈について説明できる能力が無い。
なので、例に挙がっている病気を全て列記するので、該当する方は、侵襲的外科治療をする前に是非本書を手にとってみて欲しい。

《病例》
脳腫瘍肥大切除手術による障害-嚥下障害、平衡感覚欠如、歩行困難、認知・記憶力低下、短期記憶障害、音鋭敏性による不快性増大、縞模様に対する不快性増大
毛包炎
慢性的な炎症-関節リウマチ、狼瘡
肩回施筋腱板損傷
骨関節炎
座骨神経痛
副鼻腔炎
子宮内膜症
皮膚ガン(あまり重くないもの)
末梢神経系の治療
皮質卒中(視野の一部欠損)
アルツハイマー

使用するレーザー光は、カイロプラクターなどが使うものとは異なる。
高性能なコンピューターに接続されていて、専門のスタッフがつねに設定を変えながら治療方法を調節する。
患者の皮膚の色、年齢、脂肪や筋肉に量すべてを考慮の上で、光の周波数、波形、エネルギー量を調節する。

有効な治療法が見つからず、困っている方がいるならば、レーザーによる治療法を検討に入れてみてはいかがだろうか?