仮説について考える

大前研一に憧れてコンサルタントになった。
といっても、元々開発の人間なので、余程訓練しないと論理思考は身につかない。
そもそも私は理系人間でありながら、感情に支配されがちだ。

昨晩久しぶりにボストンコンサルティングファームの人の本を読み返した。

その人は学生時代、実験をするときに論文を先に書けと教授に言われたらしい。
実験する前って、まだなにも分かっていないのに論文ってかけるの?
ってな感じだけど、仮説を立てて、その仮説を立証するための道筋をあらかじめ
考えておけば、仮説が間違えていたとしても、どこが間違えているか把握しやすいし
なによりも間違いに気付くのが早い。
実験をやって得た結果から理論を考えるより効率的だ。

私は同じ話を大学院時代に聞いたことがある。
日本人は証拠を集めてから、理論を構築するから、飛躍した考えができないし、
なにより実験に時間がかかる。
アメリカ人は仮説に基づいて、実験をするから、とんでもないアイデアもでるし、
仮説が間違えていたとしても、巻き返しが早い と。
iPS細胞を発見した山中教授も、細胞はリセットできるという仮説の元、遺伝子導入
を繰り返し実験した。

では仮説はどう立てるのか?
全ての可能性を均等に追っていては、時間切れになる。
スピードが要求されるこのご時世、悠長に一つ一つ検討などできない。
従って、100ある選択肢の内、最初の段階で90は可能性薄として、排除する。
残り10を一つ一つ精査して、もっとも可能性のある候補を選び出すのだ。
このとき、経験が豊富であれば、10の候補に正解が入っている確率が高くなる。

仕事は習熟すればするほど、無駄がなくなる。
それは最初の段階で選択肢を絞り込む能力が発達し、残りの選択肢も正確に
取捨選択できるからではないだろうか?

コンサルタントは仮説を立てるプロだ。
門外漢の分野であっても、少ない情報から、仮説を立て、クライアントに益をもたらす
提言をする。
とっても頭がよさそう。
でも、待てよ。
どんな人も日常生活の中でコンサルティングしているではないか!

例えば主婦は冷蔵庫の中身から、瞬時に今晩の夕食を考えることができる。
これだって、冷蔵庫の材料を一つ一つ吟味していたら、夕食には間に合わない。
昨晩食べたもの、家族の喜ぶもの、調理時間がかからないもの などありとあらゆる
パラメータを考慮に入れ、目の前の材料と頭のデータベースを照会して、チンっ!と
献立を決める。主婦の仮説が間違えていたら、夕食で家族の文句を浴びることになる
し、仮説通りなら、家族はニコニコして夕食を平らげるだろう。

他にもプラモデル好きの少年は、新しく買ってきたプラモデルをカスタマイズする
ために、どうすれば格好よくなるかさまざまな選択肢の中から一つもしくは二つを
選び出し、材料代とおこづかいをにらめっこして、最終選択をする。
仮説が間違えていれば、プラモデルはイマイチの体をなすだろうし、仮説が正しけ
れば、友達に自慢したくなる逸品になるだろう。

我々は得意とする分野では、自然とコンサルティングを行っているのだ。
ところが未知の分野や不得意と思いこんでいる分野では、仮説が立てられない。
だから最も効率の悪い方法を選択して、最悪の結果を得ることになる。
得意分野のコンサルティングセオリーを不得意分野に適用すれば、幅の広い
人間になれるぞよ。

私はダイエットに何度か失敗している。
これは仮説(食べなければ痩せる/特定のモノを食べると痩せる)の間違いだろう。
ダイエットとは過激に減量することを指しているのではない。
恒久的に体型をある一定の水準に保つことを目標としている。
ならば急激な変化・我慢を強いる変化では実現不可能だ。
すでに試した仮説ではなく、新たな仮説を立てることで、日常生活においても
「成功」の体験を増やせる。
一ヶ月後、私は自分の立てた仮説が正しいと判断するだろうか?
楽しみだ。