不倫を前提とする夫婦の理解

どこかのネット記事で互いに恋人を持ち、相手の行動を束縛せず、でも同じ屋根の下で暮らしている仲の良い夫婦の話が載っていて、”分かるような、分からないような、うーん”と考え込んでしまったことがある。

その夫婦の言い分は、「誰が傷つくわけじゃないし、自分たちはこれで快適なんです」らしい。

当人がいいというのだから、外野はとやかく言うほどでもないかぁ・・・と思いつつ、腑に落ちない。

で、最近思いついたのが、この夫婦が共に愛着回避型なら理解できるってこと。
回避型は、”誰かを強く信じて頼っても、どうせ裏切られるんだから~”と人間を冷めた目で見ているので、夫婦の絆をわざと薄くする。
薄くすれば、配偶者への信頼が壊れたときに自分の傷が浅いからだ。

愛着不安型×愛着不安型→互いに強く依存しあう夫婦
愛着不安型×愛着回避型→不安型が重くのしかかり回避型が逃げ腰の夫婦
愛着回避型×愛着回避型→関係の薄い夫婦
愛着安定型×愛着安定型→互いの自立を守りながらほどよく相互扶助する夫婦
愛着安定型×愛着依存型→依存型が”もっともっと”を要求し重くのしかかる夫婦
愛着安定型×愛着回避型→回避型が関心を示さない寂しい関係の夫婦

どういう人の組み合わせかで、夫婦の形が決まってくる。
同じ型同士だと、同じ要求なので、外から見ると奇異に見えても、夫婦として落ち着く。
他人から見ると、”そんな夫婦関係って幸せ?”と疑問に思うことでも、意外と本人達は幸せなんだな。

そう思うと、”分かるような、分からないような”という感想を持った自分にも納得がいく。
私個人の感想は自分の価値観と違うため”分からないような”であり、相手を尊重するならば本人が納得しているのだから”分かるような”なのである。