現代の生きづらさの正体

あなたの心は安定しているだろうか?それとも寂しさでいっぱいだろうか?

ずっと心が安定しない自分をどうしたものかと思いあぐねていたとき「愛着」という言葉に出会った。
愛着とは、自力で身を守れない時期をもつ動物の仔が、親に近接することで安心をえる行動のこと。
カルガモでいえばヒナたちが親鳥のあとを列を作ってくっついて歩くこと。
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人間でいえば親が子を抱っこしている感じ。
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この「愛着」の欠けていることが、今の時代、生きづらさに強く影響している。
キレやすかったり、暴言を吐いたり、暴力行為にでたり、痴漢・万引きといった犯罪行為に走ったり。

我々を良くない方向へと導いている。
今一度、愛着の大切さについて、考える必要があるんじゃないだろうか。

愛着とはなにか

滝川一廣氏は著書のなかで、医学用語である「愛着」は日常語の「なつき(懐き)」に相当するといっている。
とても分かりやすい言い換えだ。

子どもが手を広げて「ママー」と言うと、母親が「こっちへおいで」と抱き上げる。
親と子が双方に「愛着」をもつことで、互いが引き合い、互いに求め合い、互いに落ち着く。

ペットと赤ちゃんはCMの鉄板なのは、万人が持てる愛着対象だからだ。我々は大人になってなお、愛着を持てる相手を無意識に探し求めている。

この愛着をあえて言葉にするなら、「理由なく受け入れられる感じ」と表現できよう。

人は成長するにつれて、肌と肌を合わせる機会はめっぽう減る。
では代わりになにで愛着を感じるか、と言えば、言葉。

  • 失敗して落ち込んでるときに寄り添ってくれる言葉
  • 「ただ居てくれるだけでいい」と全面的に支持をしてくれる言葉
  • チャレンジするときおじけづいている自分を後押ししてくれる言葉

そういう「あぁ、欲しいなぁ~」と思える言葉には、肌を通して感じるのと同じ安心感がある。

愛着の欠落が招く事態

だが実際は、

  • 「そんな失敗するなんて、ダメじゃん」と否定される
  • 「アンタなんかいらない」と捨てられる
  • 「そんな大それた事やるなんてばかげてる。やめな」と止められる

そんな風に返されたら、「自分なんていなくなっちゃえ!」って気持ちに囚われる。
と同時に「なんでそこまで言われなきゃなんねぇんだ」という怒りが湧いてきて、弱そうな相手に八つ当たりしたり(暴言や痴漢やDV)、こんなダメな私でも振り向いてくれる人がいるかもと確かめたくて万引きしたり(警察に捕まって家族が迎えに来てくれるのを期待)する。

愛着の欠落は、人間同士のありとあらゆる不調へと繋がる。

どんな代替手段をもっても愛着を求める心から逃れられない

現代人は人になつくことができないから、人と人の間に距離を取ろうとする。
直接会うより電話、電話よりメール。
距離があればあるほど、実際に懐いたり懐かれたりしていることを確認しなくて良いという別の安心感がある。

好きだと思った相手に近寄って、「嫌い」ってはたかれるのが怖いんだ。
だからなるべくはたかれない距離感でいようとする。

それでも我々は「愛着」を求める心から逃れることが出来ない。
いくらメールでやりとりしても、イイネをもらっても、寂しさが埋まることはない。

埋まるとすれば、心と身体がくっつける相手と出会うこと。
母親かそれ以上の相手と出会って、ともに愛着をもつこと。

そういう相手がおらず、自分もそういう相手になれていないことが、現代の生きづらさの正体だと、私は思う。

参考文献 -発達障害の子を持つ親にお勧めです。彼らの心の内が分かります!

子どものための精神医学

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愛着という概念が直感で分かる本

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