ある程度年を重ねたら親友幻想は卒業しよう

<いい年をした大人が親友がいるかいないかで気をもむ>ってどうも滑稽に見えます。
どうしてそこまで、心うち解ける存在を求めるのでしょう?

自我が芽生え始めた青春期、人は親から自立をし始め、自分という存在が不安定に

感じられます。
親から独立するほどでもないこの時期、自分という存在を認めてくれる他者として
親友という間柄を欲しがる。
これは青春期に起こる自然な感情です。

親友がいることで、自分という存在が広く認められていると認識すること出来ます。
しかし、青春期を過ぎ、青年期の後半にさしかかると、個々に置かれる境遇が
異なり、独自の思想を持ち始めます。
すると、なんでもわかり合え、分かち合えた世界は消滅したと悟ります。

そうやって、今度は自分だけの家族という世界や、節度を持った人間づきあいを
します。

つまり人間は年齢を重ねるにつれ、人との関わり方は変化していくのです。
ですが、一部の青春期の親友体験不足者は、状況が変わってしまった青年期後半
や中年期になっても、まだ親友を求めます。
ちなみにいい年をした大人で親友を求める人に、「親友とはなんぞや?」と訊ねると
なんでも分かち合える存在といいます。
残念ですが、そんな存在はありえません。

仮に青春期に親友であった間柄でも、青年期後半になれば、なんでも分かち合えて
いる関係ではなく、分かち合える範囲で分かち合っている状態に変化しています。
完全無欠の分かりあえる仲など存在しないことにちゃんと気付いて、節度をわきまえ
ています。

その時期にしか出来ないことってたくさんあります。
中年のオジサンオバサンには、キラキラした青春期の親友関係は体験できません。
諦めてください。
歳を重ねたら、自分と相手は区別して考えてください。
貴方を理解するための誰かがこの世に存在するなんて、幻想中の幻想です。