カウンセラーの資格

心理カウンセラーは、話を聴いて人の心を助ける仕事です。
団体の資格や、国家試験等様々な教育を受けた人たちが、カウンセラーとして
多く開業しています。

ここでは、そういう現実の資格とは離れて、どういう心の状態ならばカウンセラーに
なれるかについて考えてみようと思います。

カウンセリングするときは、自分を消します。自分の価値観、自分の存在はワキ

に置いて、クライアントの心を見つめ、時に手を差し伸べます。
よく勘違いをして、”客観的に聞く”を徹底しているカウンセラーがいますが、これは
クライアントからすれば壁に話しかけているのと大差ありません。
カウンセラーがすべきは、クライアントの心を支えることなのです。

そのためにカウンセラーはどういう心持ちでいなければならないのでしょう?

自分の中にある主観をしっかりと育て、その純度を高めていき、自分・自己という
存在を超越して、一つ上の次元に到達する心持ちが必要だと思います。

というのも、”自分がある”ときは、自分がクライアントの話を聞いて、自分が反応
してしまう。そうすれば、自分の言葉が出てきて、クライアントが置き去りにされる。
クライアントは、カウンセラーに答えて欲しいのではなく、自らに合った答えを見つけ
たいのです。ですから、カウンセリングにカウンセラーの知識や意見は不要です。
答えを持っているクライアントから、答えを引き出す役割ができるのは、自己を
消し去り、クライアントに寄り添えるカウンセラーだけなのです。

自分を超えた自分になることは、お勉強してできることとは違います。
ただひたすらに自分に向き合い、精神的な修行や葛藤との対峙を繰り返しながら
自分にまとった殻を剥いていくことで初めてできるのです。

ずっとどうなったらカウンセラーなんだろうと考えてきました。
最初は目の前に見える人の見える所しか見ていない自分がいました。
今も一部そういうところはあります。
ただ、その人を通して透けて浮き上がる”心”の存在も見えてくるようになりました。

-汚い言葉を口にして、そのくせ心はいっぱい傷ついて出血している-
-周りが悪いとわめきながら、そのわめきで自分の心をひん曲げ、押しつぶしている-
そういう心の様が見えるときがあります。

相手の”心”は見ようと思えば見えるという簡単な存在ではありません。
自分を消し去った時におぼろげながら見える大変にか弱く、霞がかった存在です。
見失わないように、自分が眼(まなこ)を浄化し、清潔に保たなくてはなりません。

保つために、己を突き詰めて考え抜かねば、その状態は儚く消えてしまう。
今の自分は、今日カウンセラーの心持ちがあったとしても、明日その心持ちは
消えてしまうような、危なっかしげな存在です。

プロのカウンセラーさんは、きっとドシっと存在を保てているんでしょうね。
私はまだまだです。