仕組みではなく対話に頼る

私たちはさまざまな仕組みに頼って生きている。
道路や水道などのインフラ設備はもとより、補助金や教育制度などの支援にも頼っている。
それらは表面上、円滑に運用されているように見えるが、近寄るとそうでもないことが多い。
今日はその中の一つを取り上げてみたい。

手強い仕組み

司法制度。普段あまり御世話にならない。
平穏に暮らし、周りとトラブルを起こさなければ、遠い存在だから。
しかしネットが普及した現在、我々が接する世界は格段に広がりを見せ、想像を超えるところでトラブルに巻き込まれることがある。

たとえば子供の運動会で撮った写真をSNSにUPしたら、”肖像権の侵害だから消して欲しい”と言われ、対応せずにいたら訴えられたとか、悪ふざけをして動画をとって、共有したら、迷惑を被った側から個人情報が特定されて警察沙汰になったとか。
ちょっとした気の緩みや知識不足で、訴えたり訴えられたりする可能性が増えた。

そこで初めて近づく司法。
今は自分で訴えを起こせることもあり、やり方もネットで公開されているため、最小限の費用で行動を起こせる。
ところが、その奥に拡がる世界は、けして生やさしいものではない。

一つは、裁く側の理屈が不明なこと。
別に裁く側にいるからといって知識の豊富さが保証されているわけでもない。
なかには不勉強で、思い込みの激しい人物もいる。
その人を相手に説得するには、裁く側の理屈を覆す剣を持っていなくてはならない。
だが、素人はそのような剣は持ち合わせて折らず、苦戦する。

もう一つは、結果が出たところで、それが施行される保証はないこと。
結果に強制力を持たせるには、それ相応の先回りが必要だ。
結果は、あくまでそういう判断です、という通告に過ぎず、相手方がそれに応じるかどうかは別物。
プロはそこを見込んで、訴える前に差し押さえを行う。

法律の壁と、強制力の壁。
この二つが立ちはだかって、素人が思い通りに結果を得るのは困難である。

手強い仕組みより、素直に応じられる納得

結局仕組みに頼ったところで、しょせんその影響力の及ぶ範囲は限られる。
仕組みはあくまで最低限の保障でしかない。

では、どうするかといえば、対話力を磨くこと。
自分と相手が、ここならいいか、という落としどころを見付けて、素直に応じられるような土台を作ること。
相手が自分の言うことに素直に従うことは、ほぼないと覚悟した方がいい。
それくらいどの人も自分勝手である。

自分勝手を動かすには、相手理屈を基準に考えること。
脅すのでさえ、他人の痛いと思うところをつかなければ、無意味。
相手理屈なら、相手は反発も逆らいもできず、行動せざるをえなくなる。

コメントを寄せられたこひめさん。
きっと今、厳しい立場に置かれていることと思います。
どれだけ周りがあなたを支持しても、これ以上進むことは出来ません。
苦しいでしょうが、相手目線で物事を捉え直してみてください。
そこに突破口があります。

参考までに相手目線で考えるヒントの書をご紹介します。
「あなたの話はなぜ「通じない」のか」山田ズーニー著 P166-176
名著なので、図書館に蔵書されています。