issueのないプロジェクト

今日読んだ本(イシューからはじめよ 安宅和人著)で、バリューのある仕事とは
「イシュー度」と「解の質」が高いものであると書いてあった。

見慣れないイシューという単語にちょっと壁を感じるが、イシューとは問題の答えを

出す重要さである。
平易にいうと「その問題、考える価値があるの?」ということである。
答えに価値がないことをあーだこーだ言ったところで、まったく社会に寄与しない。
したがって、イシューの低いことに取り組んでいると「趣味で考えてください。あなた
には仕事はありません」 と世間から捨てられてしまうのだ。

私はどの会社に勤めるときも、イシューという単語を知らないときも、当然のように
それってやる意味あるの? や 考える意味あるの? と思ってきた。
それで上司に食って掛かったこともある。

3番目に勤めた会社で、ある装置を刷新しようというプロジェクトが立ち上がったときに
指揮をとっていた副社長に「ユーザにとって、この製品が刷新されることには、どんな
意味がありますか?」と尋ねたら、「デザインが変わって、機能が増えれば、目新しい
でしょ?」といわれた。あ・・・(汗)。
これが数千万を投資してやるプロジェクトの骨子なのだ。

どんなに開発で苦労しても、市場に受け入れられなければ、たんなる自己満足。
だからユーザに何を訴えていくのか軸を作らなければ、ユーザはおろか営業からも
クレームがつく。
「・・・で、なにが利点なんですか」って。

作っているのは産業機器。だからデザインは訴求ポイントではない。
-求められている機能を最小限の操作で簡単に実現でき、かつ誤動作せず、メンテ
ナンスが容易で価格が安価であること-
これが産業機器で求められる一般的要素である。

副社長の言葉のどこに、この要素をカバーする点があったろうか?

開発をやる側としては、支えになる軸が欲しい。そしてその軸に沿って、機能の実現
方向を検討したい。でなければ、最終的に出来上がった各機能の言わんとしている
ことがばらばらになってしまい、製品コンセプトが分散してしまう。

なんでもいいからやったら儲かる はバブルの時代の話。
やるからには、意味のあることに注力したい。
勤めていた会社は、世間の景気が回復しはじめた今頃業績が傾いている。
やっつけ仕事で製品を出しても、市場はこっちを向いてくれない ということに
いつになったら気づくのだろうか。