人は親を求めてしまう

朝方ぼやーっと覚醒していて、ふとギュって抱きしめられる夢を見た。
すっごーく安心して気持ちが落ち着いた。

人は大人になっても、どこかに親を追い求めてしまうのではなかろうか?
「大好きだよ」「大丈夫だからね」「いつでもあなたの味方だよ」って言って、抱きしめて
くれる存在・・・すなわち親。

女性は父親のおおらかさと頼もしさを、男性は母親の気配りと寛容さを求め、異性に

近づく。だけど実際は恋人が互いに親を求めてしまい、破綻する。
成熟している大人が不足している現代において、子供を持たなくても親を演じる必要性
はそこかしこに転がっている。皆が皆「俺たちおこちゃまだしー、俺たちにかまってよ・
気を使ってよ。」と主張している。

だからこそしっかりと成熟した大人に寄りかかろうと人は争奪戦を繰り広げる。
モテる人がモテ、モテナイ人はモテない格差が広がるのは、おこちゃまがいつまでも
自分の領域(テリトリー)から出ようとしないからだ。
おこちゃまはおこちゃまのだからか?自分の至らない度を自己否定に置き換え、
「所詮オレって、顔悪いし、才能ないし・・・」といじけるのである。

っつーかー、お前のその精神の未熟さこそが一番ダメな原因だろう。考えろや!

親を求めることは、きっと何歳になっても消えないのだろう。それを私は正常と思う。
だけど24時間その考えで行動するのはいかがなものか?
時に成熟した大人として、おこちゃまに対峙し、また時にはおこちゃまとして、そばに
いるだれかに安心を求めることがバランスのよい人生といえよう。