買い物依存症になる理由

あなたは収入に見合った買い物をしていますか?
収入いっぱいいっぱい、いやそれ以上に買い物をしている人は買い物依存症の可能性があります。

この依存症は、「買い物をしてはいけない」と自分を諌めたところで治るものではありません。気づいたときには借金だらけということにならないよう、早い段階で適切な処置を受けることを勧めます。

買い物依存症は何に依存しているのか?

買い物依存症だから、物を手に入れることに依存しているのでしょう? と思うかも知れませんが、そうではありません。物よりもむしろ買い物がもたらす幸福感に取り憑かれているのです。

買い物は買った瞬間、最高に気分が上がると言われています。そのため買った物には目もくれず、放置する事も珍しくありません。必要だから・使えるから買うのではなく、買ったときに感じられる幸福感が忘れられず、買う。

幸福感は次のような妄想によってもたらされます。
・「この品物を手に入れたら、こんな幸せが待ってる。こんな賞賛を得られる。」と、考えを膨らませる。
・店員さんの「お客様のようなセンスある方にこそお似合いです。」という言葉に特別な私を思い浮かべて、地味でみじめな私を忘れる。

妄想による気分の高揚が、人々を幸福な気持ちへと誘(いざな)います。それを断ち切れずにいるから依存状態に陥ってる。
依存しているのは、買った物ではなく買った瞬間にもたらされる幸福感に、です。

自分を肯定できない人が陥る病

だれでも小さな幸福感に浸るために多少なりとも「都合の良い妄想」をします。

小さいときなら、ドレスを着たかわいい自分を絵に描いてみたり、シンデレラストーリーに憧れたり。
大人になったら、こんな仕事をやってみたい、自分の力で世界を切り開いてみたい、と考えたり。

もちろん大人であれば実現に向けた「我慢」や「努力」といったハードルも考えます。
世の中には楽しいだけなく、頑張らなきゃならないこともあると判っているのです。

ところが買い物依存症の人は、「頑張らなきゃならないこと」を見たがりません。
ラクして妄想を現実にしようとします。

そこには、「どうぜ頑張ってもやれないや、私」という自己否定が潜んでいます。頑張ってもモノにならないから、頑張らないで手に入れられる幸せを掴もうとします。
もっと踏み行って考えれば頑張っても理想の自分になれないから、買い物という行為を通して擬似的に幸せ感に浸れるごっご遊びでいっか、と諦めている。

買い物依存症の人にとって買い物とは、都合のよいストーリを仕立てて厳しい現実から目を反らすための逃避なのです。

賞賛をかき集めた先にあるのは借金

そのストーリーの主人公は、もちろん当人。
周りは当人を引き立て、持ち上げ、讃えるために存在します。

そうやってちやほやされて有頂天になって、自信を手に入れようとしている。つまり他人の賞賛によって自分を固めようとしているわけです。

しかし大切なことを見落としています。
ただで賞賛は手に入らない、ということを。

賞賛してくれるには対価を払わねばなりません。その対価はリアルお金。
お金を積んでくれればくれるほど、賞賛は集まります。

で・も、それはその人が素晴らしい人物だからではなく、金払いがいいからです。
それに気づかず、自信をつけるために払いまくってたら、当然借金まるけになりますね。

「金の切れ目が縁の切れ目」なんて情けないことになる前に

借金が行き着くところまでいくと、支払いできなくなります。
と、途端に賞賛は彼方へと消えます。

そりゃそうです。金払いに賞賛していたのですから、文無しに用はありません。


お金があるときだけ与えられる賞賛に何の価値があるでしょうか。あなたが賞賛と信じているものは、お金で買った賞賛もどきです。
本当に自信をつけたいなら、他人から与えられるものではなく、内からわき上がるものを手にしましょう。

あなたに「どうせ頑張ってもやれないや、私」と思わせる原因は何ですか?
その正体を掴まない限り、生涯ごっご遊びでごまかす人生しか歩むことはできません。
「買い物」をどれだけしたって、心の隙間は埋められないのです。