カウンセリングで心の治療をするのに年単位で時間がかかることがあります。
患者さんは、毎回多額の出費をしながらカウンセリングを受けるので、効果を求め
ます。
カウンセリング初期は、傾聴によっていままで意識しなかった自分に出会え、患者
さんは満足します。
ところが、ある程度自分を出し切ると、カウンセリングの間に発見や出会いがなくなり
退屈してきます。
そういうときでさえも、同じく費用はかかる。
金銭の痛みはあるのに、効果がない・・・とすれば、カウンセリングを受けることに
意味を見いだせなくなる。
カウンセリングを止めたくなるのは、当然です。
心のケアは、ある意味辛抱比べ。
カウンセラーは患者さんの心が動くまで、あの手この手で援助していく。
ただし、援助者は脇役であって、主役はあくまで患者さん。
下手な手出しはできません。
カウンセラーは回答を言いたい気持ちをぐっとこらえて患者さんが回答にたどり着く
のを待つ。
患者さんが根を上げるか、患者さんの心が動くかはやってみないと分からない部分
もある。
ただカウンセラーは、いま差し出している手は十分なのか、他に手はないのか
考えているのだろうか?
高名な先生でさえ、手のバリエーションはそうたいしてなかった。
何度も同じことを言われて、内心「心では共感できない」と思うところもあった。
停滞感を覚えるなら、一旦カウンセリングを離れてみるのがよい。
患者側が想像力不足で、カウンセラーの言っていることが理解できていないのかも
しれないし、カウンセラーの手の入れ方が患者さんの性質にあっていないのかも
しれない。
究極、自分しか自分の心を把握できないのだから、自分でカウンセリングした方が
効率的とも言える。
心の病気とブログ で書いたようにブログに書き出すことで自分で自分を分析する
ことも可能だ。
カウンセラーもピンキリ。
傾聴といっても、全く黙って聴く人もいれば、患者さんに気づきをもたらす聴き方を
する人もいる。
「体験型」より「経験型」のカウンセラーを選びましょうとは言えるが、それ以上は
カウンセラーの善し悪しの判断基準を持ち合わせていない。
私は、自分で治すことが一番だと思っている。
退屈になってきたなら、それだけ自分が自分を理解してきた証。
治療方法をシフトする時期に来たのだと思いますよ。